さくら色の夢

 

 

「・・・くん?」

懐かしい声とともに、最も付き合いの長い呼び名が聞こえた。

 

 

 

いつのことだったか、大学1年くらいだったか。

大学の学園祭で、小学校同期と再会した。

 

すれ違いざまに突然声をかけられたのだった。

 

 

 

再会を果たした時、なんと声をかけるべきなのか。

変わったね、なのか、変わってないね、なのか––––––

 

昔のように元気そうとか、そんな感じなら「変わってないね」だろうけど、女性に対して「変わってない」っていいのか? 大人っぽくなってるんだから間違いなく変わってるし、でも真正面から「変わったね」っていうのもなんか違うんだよな~

 

っていうのが現状の僕の思いなのだが、

 

 

 

 

そのときは違った

 

 

 

 

––––––変わったね、うん、すごい、大人っぽくなってる

 

なんの衒いもなく、そういうセリフが出ていた。

 

 

不思議なものだ、こんなあっさりと思いが漏れ出たのは久しぶりだった。 

 

確かに彼女は変わっていた。背も伸びていたし、化粧もちゃんとしていた。

それも当然なことで、僕の記憶の中の彼女は小6の卒業で完全に時間が止まっていた。当たり前なこの事実に衝撃を受けた。 

 

時間軸の断絶、というと大げさかもしれないが。 

 

連続の流れの中で生きているはずなのに、記憶だけは時間軸から切り取られ、さも突然に現れたかのように想起される。

そうやって蘇ってきた思い出は、当時の連続した時間の中の一部に過ぎないはずなのに、それがだけが、時間を超えて、ひとり飛び出してくる。 

 

 

孫の顔を久しぶりに見たおじいちゃんが

「大きくなったなぁ~」

しか言わなくなるのと同じようなものだろうか。

 

 

なんか、一気に低レベルな話になってしまったな

 

 

 

 

話を戻すか 

 

それでも不思議なことに、彼女が彼女であることにすぐに気づくこともできた。面影を感じた、とでもいうべきか。

 

そういう意味では”変わっていない”なのだろうか。変わっていない部分もある、という表現が適切な気もするし、しっくりこない気もする。よく分からない。

 

  

確かに言えること。人には”変わらない何か”がある。こういう言い方をすると内面的な話に聞こえるかもしれないが、そうではない。外見の特徴、声のトーン、ちょっとしたしぐさ––––––

久しく見ていなくとも、瞬時に見抜くことができる”何か”が。 

 

 

 

「・・・くんは、変わってないね。あ、でも明るくなってる」

 

まあ僕は化粧してないし身長も全く伸びてないので”変わってない”という評価は正しい。

そして髪は染めていないので”明るくなってる”という評価は間違ってる。

 

 

 

 

 

大学に入ってからめちゃくちゃ髪染める人おるけど勇気あるよなぁ。似合わない自信があるので僕はやりたくないんだけど。

まぁもし染めるとしたら、それは間違いなく白髪染めなんだが。

 

 

  

冗談はさておき、僕は誰かと久しぶりに会うと、まず間違いなく「明るくなった」と言われる。親にすら言われる。実家に帰るたびに「よう喋るようなったなぁ」と。

 

自覚は、ある。昔は本当に何も喋ってなかったし、日常会話にも支障をきたすレベルだったと思う。かといって今はいわゆる陽キャとかコミュ強とかいうわけでは断じてないし、そうありたいとも思っていない。

 

昔の話をするときりがないのだが、親に「お前昔は何考えてんのかほんま分からんかったし、何話せばえんかも分からんかったわ」と言われたときにはちょっとショックを受けた。薄々感づいてはいたが。

 

 

実際のところ、人間関係を程よく保つ程度のコミュニケーション能力で十分だと思っているし、自分が勘違いしていない限り現時点でそれは達成されていると思っている。

 

 

 

 

 

異論があるやつは出てきてくれ、君はきっと、間違っていない

 

 

 

 

 

なんていう話など展開されることもなく

 

 

 

突然の再開に現実味を失いながらも無難に近況報告を済ませる。

正直自分が何を話したか覚えていないし、彼女が何を話していたかもあまりはっきりと覚えていない。許してくれ、そういう人間なんだ、僕は。

 

 

 

数分間しゃべり、写真を撮って、そのまま別れた。

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして気づいた。

 

LINEを交換してない。人生で一番の後悔といえよう。もちろん写真も手元にない。

 

 

 

 

 

 

何も残って、いない

 

 

 

 

 

 

あれはもしかしたら、夢だったのかもしれない、夢だったかも、しれない