全身麻酔して骨に穴を開けた話
仰々しいタイトルだが経緯を説明しよう。
卒論提出した、やったね! 今季スノボ行けてなくてつまんないんだよねーじゃあ今から行くかー。うひょースノボたのしー! あーでもこの辺雪硬くて怖いなぁ。うわ前の人転んだ! 躱せたけどこっちも無理だわ、転ぶー。痛ってー肩痛てー死にそう。でも内出血もしてないしただの打撲やろ。いやースノボ楽しかったなー。
病院にて。
「見ての通り骨折していますね。自然じゃ治らないので手術が要りますね。」
「え?」
「ここじゃ設備がないから大きい病院行きましょう。紹介状書くからちょっと待っていてくだい。」
「へ?」
鎖骨、折れてました。前回の骨折ほど痛くなかったから、骨は大丈夫だと思ってたんだけど、全然そんなことないらしい。肘より先は余裕で動かせるから尚更実感がない。ってか前骨折してから1年半しか経ってないぞ、怪我しすぎだな。それにしてもレントゲン写真は面白かった。本来1本のはずの鎖骨が2本になってた。なんかね、きゅうりを包丁で真っ二つにした感じ。ほんとほんと、スパーンっていってたの。思わず笑っちゃった。
翌日、紹介された病院へ向かった。朝一に来たのにすでに人が多い。コロナワクチンの会場にもなってるらしい。へー。
CTとかいうのを初めてとった。頭の上の方でよく分からない機械がぐるぐる回っていた。こういう時って呼吸の仕方分かんないんだよね、何も注意されなかったから測定には関係ないんだろうけど。あと、CT画像が妙にリアルで嫌だった。レントゲン写真の方が好き。
手術の説明をされたけど、全然想像ができなかった。骨を元の位置に戻してプレートで固定するらしい。固定のために骨に穴開けてネジみたいなの差し込むらしい。え、骨に穴開けちゃうんですか。ピアスすら開けたことがないのに。うーん仕方ない。それにしても折れている骨に追い討ちをかけるように穴を開けるの面白いよね。鎖骨の下は神経が集中してるから、穴あけ過ぎて神経傷つけたら後遺症が出るかもしれないらしい。怖ぇ。先生曰く「相当失敗しない限り大丈夫。まぁ僕の実力次第ですけどね」ひぇ。
入院準備のためにいろいろ検査。身長がちょっと伸びてた、やったね。体重は、まぁもうちょい増やしたいね、うん。PCRもやったんだけど、余裕で陰性だった。大学行って人と接触することもあるのに、問題ないらしい。感染している人たちってどこで何してるんだろうか。
方々に報告をした。一方では過剰に心配され、他方では怒られ、また一方では笑われた。正直笑ってくれた時が一番楽だった。骨折した本人も笑ってるから構わない。
入院するまでは普通に大学へ行ったし、なんなら実験してた。友人がやってるコントライブにも行ってきた。爆笑したんだけどさすがに骨に響いた。痛い。
そんなこんなで入院当日。肩を庇いながら電車に乗る。人にぶつかられるのはさすがに怖い。 固定も何もしてないから他人からは常人にしか見えないし。もしかしたら隣の人も、見えないだけで怪我や病気を抱えているかもしれない。うーん、コメントしづらい。
手術は午後だから病室で時間潰し。パソコンもポケットWi-Fiも持ってきたから完璧だったはずなんだが、なにせ痛い。ええ痛いんですよ、点滴の針が。
骨折よりも点滴の方が痛いの意味わかんないんだよね。でも痛いから無理。両腕動かせない。おしまい! ということで寝ることにした。睡眠は大事。
下駄箱を開けたが、そこにあるべきものがなかった。解決する術はないので素足のまま階段を上る。教室の扉を開けた。何人かの視線が集まる。構わず机に向かう。机の中に紙屑が入っていた。中身も見ずにそのままゴミ箱に入れた。後ろから声をかけられた。何を言ってるかは聞こえなかったが、目は笑っていない。不快だった。
ぼんやりと目を覚ました。夢の内容を覚えたまま目覚めるのは久しぶりだった。しかもしっかり悪夢。仲がいいと思っていた高校同期が相手だったから尚更へこんだ。
着替えたばかりの手術着も、汗で湿っていた。
思っていたよりメンタルが弱っていたのを認識し、手術室へ向かった。みんな緑の服を着ていた。知識として知ってはいたけど、実際に見たのは初めてだった。これを書いている今気づいたんだが、着替えさせられた手術着も緑だった。
名前と怪我部位を確認し、手術台の上に寝転ぶ。ドラマに出てきそうな大きなライトが目の前にあった。バンって眩しい光を放つのは気を失ってからだろうか。
看護師さんたちが忙しなく作業をしている。ピッ、ピッと鼓動が機械音に変換される。麻酔科の先生がやってきた。
「顔小さいねー。最近の若い子ってみんなこんななの?」
「いやーどうなんですかね。僕は顔小さいってよく言われますけど」
ここが手術室とは思えない会話。身長が低いから、頭身は大したことない。
視界がぼやけてきた。おかしいな、メガネはかけたままのはずだけど。急に咳き込んだ。息が苦しい。
「あー麻酔効いてきましたね。落ち着いて深呼吸してー」
え? 麻酔?
事前に全身麻酔を経験した友人の話を聞いたんだが、酸素マスクみたいなのつけて、深呼吸したら落ちていたらしい。自分の手術もそうなんだろうと勝手に思っていた。
が、見込みが甘かった。マスクなんてつけてないぞ、俺は!
朦朧としてきた意識の中、必死に考えた。いつの間に盛られてしまったのか。
そういえば、手術台に横になった後、左の方で点滴をいじられていた気がする。点滴を補充しているだけだと思っていたのだが、違ったのか。あそこから麻酔を注入されていたってことか。真偽のほどは定かではないが、そうとしか考えられない。
やられた。完全に不意打ちで麻酔を打ち込まれてしまった。麻酔、一番楽しみにしてたのになぁ。混濁した意識はそのまま闇へ落ちた。
「…さーん。聞こえますかー?」
声が聞こえて目を覚ました。今回は夢を見なかった。そもそも麻酔中でも夢って見るのだろうか、分からない。目を開くと何人かの顔がこちらを覗き込んでいた。どうやら終わったらしい。
寝起きとは少し違った、ふわふわした感じ。頭がぼんやりして視界もはっきりしていない。でも声はちゃんと理解できるし、体も動かせた。
指示されるがままにストレッチャーに移動した。仰向けのままモゾモゾと横移動する。芋虫みたいって思ったけど、芋虫って横移動するのだろうか。
「…さーん、…さーん」
今度はなんだ?
「病室つきましたよ。ベッドに移動しましょうかー」
眠っていたらしい。再びモゾモゾと体を動かす。
「あーストップ! 行き過ぎ行き過ぎ、落ちちゃいますよ」
相変わらず視界はぼやけているのでよくわからない。言われた通りにベッドの中央に戻った。
「麻酔まだ抜けきってないと思うので、しばらくそのままでね。何かあったらナースコールしてくださいねー」
はーい。
返事をしたつもりだったがうまく声が出なかった。それにしても眠い。そう認識する間もなく三度記憶が途切れる。
「…さーん、開けますよー」
仕切りのカーテンが勢いよく開けられた。まだ視界ははっきりしていないがおそらく執刀医だ。体を起こす。
「手術は問題なく終わりましたよ。気分はどうです?」
「まぁ、今のところ大丈夫です。痛いですけど」
「痛いのはねー、どうしようもない。この前出した痛み止め飲んでおいてね。あと水分とか食事も摂って大丈夫だから。夕食も後で持って来させますね」
ふと気づいた。メガネかけてないじゃん。道理で見えないわけだ。テレビ台の上に置かれたメガネを無造作に掴む。おおー見える見える、麻酔とか関係なかったわ。
肩がズキズキと痛む。手術前よりも痛い。そんな理不尽なことがあってたまるか。そういえば点滴の痛みが全くない。痛みは別な痛みで上書きされるらしい。変な感じ。まぁおかげで左腕は余裕で動かせるから助かった。
作業をする気力はなかったから基本的には寝ていたが、食べたり歩いたりに難はなく、本当に麻酔を食らっていたのか疑わしい。鏡に映った生々しい傷跡と見てようやっと自覚した。
翌朝。
血圧や体温を測るが特に問題なし。気分も悪くない。ただ、痛みは昨日よりも酷い。ベッドから体を起こすのにも一苦労だった。
「体調も問題なさそうだし、午前中に退院しちゃっても良さそうだね。どう? 退院できそう?」
「え、退院できるできないの基準って何なんですか?」
「自力で家に帰れるかどうか」
嘘つけぇ、そんなバカな話あるかぁ! 心の中でツッコんだ。初診の段階でこのお医者さん大丈夫かなってちょっと思ってたんだけど、まじか。冗談なのか本気なのかわかんねぇ。
とはいえ退院できるなら願ったっり叶ったりだ。カーテン越しの鼾を聞きながらよりも一人の自室の方がよっぽど休めそうだ。
ということで無事に退院した。手術開始から24時間も経っていない。ほんとに大丈夫なのだろうか。 痛みと戦いながら帰宅した。一気に疲れが押し寄せてきた。身体が熱い。39度を超えていた、あー。思考力が落ちているのでとりあえず寝ることにした。やはり睡眠は大事。
夢を見ていた気がするが起きると同時に忘れた。悪い夢ではなかったと信じている。熱も痛みも相変わらずだが、明日になればよくなりそうな気がした。根拠はない。痛みの少ない腕の位置を模索した結果、クッションを脇に挟むのがベストだった。いや、マジで完璧。どれくらい完璧かというと、今両手使ってタイピングできてる。全然痛くない。クッション最高。外出時もこれを抱えたいレベル。
後日病院へ行ってレントゲン写真を見せてもらった。2本に分断されていた骨が元の位置に戻っていて、板があてがわれていた。ネジが骨を貫通していた。しかも骨よりも何倍もくっきりと写真に映ってやがる。俺のおかげですよと言わんばかりの自己主張だな、金属どもめ。
リハビリの部屋に行ったら以前お世話になった整体師さんと再会した。一年ぶりくらいか。
「前回が部活で、今回はスノボかー。また派手にやったねー」
「あはは」
なんかすんません。
「でもスノボは楽しかったでしょ?」
激しく頷いた。わかっていらっしゃる。