今度飲みに行きましょう

 

 

「また機会があったら呼んでください」

 

年始に高校の部活のメンバーで集まった後、後輩からインスタのDMでご丁寧に連絡がきた。LINEではなくインスタを使ってきたとこに少々面食らったりもしたが、結局それ以降会っていない。お互い東京に出てきた身なのでその気があればいつでも会える。でも連絡すら取ろうとしない。そもそも「今度飲みましょう」なんて社交辞令みたいなものだし、後輩から先輩に向けた言葉なら尚更だろう。お互いわかった上での決まり文句。真に受けたほうがバカを見る、いやちょっと言いすぎたかもしれない。

 

 

「コロナ終わったらだね」

 

このご時世にぴったりなセリフが誕生した。そもそもコロナに終わりなんてあるんかって疑問もあるし、もはや「コロナ終わってないから飲む気ないわ」とも取れる気がする、ひねくれてるな俺。

3月くらいだったか、ひょんなことから高校同期に貸しを作って飯を奢ってもらうことになっていた。コロナ落ち着いたら行こうという話になってかれこれ半年間音沙汰はない。別に貸し借り云々は気にしていなし奢ってもらうために助けたつもりもない。もともと頼まれたら断れないタチなのでそういう意味で損をすることには慣れていた。とはいえ奢ってもらう手前こっちから「おい飯奢れよ」とは言えないし、なんだかんだこの件はなかったことになりつつ、同窓会とかで会ったときにそう言えばそんな話したなぁってなるんだろうな、とか後日譚まで想像する。

 

 

「まぁ今度飯でも行きましょうや」

 

オンライン授業になってほとんど会わなくなった学科の友人とLINEしてたときにふとこぼした言葉。割とちゃんと会って話したい相手だったのに自ら社交辞令をぶちかましてしまった。向こうもそんな本気じゃないだろうし、テキトーにスタンプ送って終わるかーって思っていたら具体的なスケジュールの話になった。救われた。大袈裟かもしれないが、相手が俺という存在を「会って話したい」人間だと認めてくれた気がして安堵した。同時に「向こうもそんな本気じゃないだろうし」と思ってしまった自分を恥じた。相変わらず人との距離感がつかめない。

 

 

「今から飲みに行かないか?」

 

渋谷の街を一人でふらふらしてたら知らない男二人から「この辺にいい居酒屋ないか?」と声をかけられた。居酒屋とかありすぎて逆にわかんねぇよって思いつつ、センター街とか行っときゃええやろみたいな趣旨のことを言った。30手前の二人組で、この二人も飲みの場で知り合っただとか。そういう知り合いが他にも複数いて頻繁に遊んでいるだとか。

標本が自分だけなので当てにはならないが、一人で歩いていると知らない人に声をかけられることが多いと感じている。そんなにチョロそうに見えるのだろうか。当たり前だがキャッチやティッシュ配りはカウントしていない。

軽く雑談していたらなぜか今から一緒に飲まないかと誘われた。残念ながらちょうど食事を済ませて帰るところだった。そしたら今度はLINEの交換を迫られた。さーて困った困った、というのは嘘で一瞬の迷いもなくお断りした。別に危ない雰囲気は全くなかったんだけど、知らないおじさんについて行ってはいけないと小学校の頃に教わったのだから仕方がない。

とはいえ全く異なる年齢層のコミュニティに所属するという点では面白かったのかもしれない。今の自分のコミュニティは近い年齢の人たちだらけで、年上といえば部活のOBOGくらいだろうか。俺の欲している人間関係とはちょっと違う。やはり自分の中のどこかで「新しい出会い」を求めていたのかもしれない。

今度この手の人間に声をかけられたらついて行ってみようかな。変な宗教に勧誘されたらその時はその時だ。

 

 

「今度飲みに行きましょう」

 

最近になってようやく気づいたんだが、このセリフは自分の中で地雷なようなものになっているらしい。自分も意図せず使っているが、本心では飲みに行きたいと思いつつ相手への遠慮というか敬遠されることへの不安みたいなものがある。逆に向こうから来た時にはもうおしまい。相当好きな人じゃない限り自分から誘うことはないだろう。めんどくさい人間だな。

結局何が言いたいかというとほんとに飲みに行きたいんなら「今度」じゃなくて具体的にスケジュールの話をしろってことですよ。文字にしてみたら当たり前すぎてアホらしくなってきたわ、なんだこれ

 

どうでもいいけど誰か飲みに行こうや