真実って何だ
小説が好きだ。
幼い頃から本を読むことが好きだった。漫画よりも小説を好んでいた、なぜかは未だによくわからないが。漫画ももちろん好きだが、小説の方が読んでいて楽しいと思っている。
文字だけの世界。自分の想像で物語を自由に色づけることができる。登場人物の姿形、声色、周囲の景色。文字から得られる限られた情報を元に自分で組み立て、自分だけの世界を作ることを楽しんでいた。たまに映画化やアニメ化された作品に出会うと、全く違う世界に驚きを覚えたり、ぼんやり見えていたものがくっきりと見えるようになったり、そういう意味で映像作品もかなり好きだった。それでも根底にあったのは、小説の世界だった。読み返すほどに鮮明さを増す世界、ときに今まで気づかなかったようなディテールも積み重なって。
いつの間にか、この世界を一から自分で作りたいという思いが生まれていた。
中学時代、一度だけ本気で書いたことがあった。もちろん誰にも言っていないし、誰にも見せていない。
文才のなさを感じた。自分に酔っている姿が手に取るようにわかり、吐き気がした。
覚えているのはそれだけ。自分が一体どんな駄作を残したかの記憶は少しだけあるが、はっきり言って思い出したくない。
創作意欲が今になって再燃した。しょうもないブログを書き始めたせいだ。いよいよフィクションにまで手を出してしまうとは。世も末だ。
ただ、一度は潰えた夢だったせいか、何も背負う必要もなく気楽に筆を進めることができたような気がする。
自分に酔っていることに変わりはない気がする。違うのはそういう自分を肯定してしまっていることだ。いいことなのか悪いことなのかは知らないが。
自分を肯定しないと生きていけないくらい人生に苦しんでいる、というのはたぶん事実だろう。
さて、このSide A/B、結論から申し上げるとどんでん返し系の短編。この手の作品は昔から好きで、いつか自分で作り上げたいを思っていた。
そしてもう一つ、群集劇というスタイルを取り入れた。群集劇というのは、ある一つの出来事について複数の登場人物がそれぞれの視点で物語を進めていくものだ。
タイトルから察してくれた方も多いかもしれないが、Side A/B はそれぞれ『彼』と『彼女』を主人公として、それぞれの”真実”を綴った。
この”真実”という言葉を僕はキーワードにしていた。
小説の内容をつらつら解説するのは恥ずかしいし見苦しい感じがするのであまり語りたくはないが、その人にとっての”真実”っていうのはその人自身が見てきた世界、つまり結局は主観でしかない、ということを伝えたかったです、はい。
僕/私はすべて知っている。何もかも、わかっている。
これに全てを込めたつもりだった。伝わっただろうか。
今あなたが見ている世界は本当に”真実”なのか。網膜に映った情報しか得られないのだから、世界は全て2次元だ。脳が勝手に3次元だと僕たちに思い込ませようとしているだけ。
一面しか見ることができないこの世界は、僕たちの主観で成り立っている。それぞれがそれぞれの主観で”真実”を生み出し、多方面から生まれた2次元の世界が組み合わさって初めて現実という”世界”が紡がれる。
僕はそう思っている。
長々とお付き合いいただきありがとうございました。ものを書くというのはやっぱり楽しいけど、フィクションを書くかどうかは怪しいところだな。まあ気が向いたらやってやるか、くらいな心持ち。
最後の最後にもう一度だけ。第三者が綴る、もう一つの”真実”を。
–––––コンコンコン
男は部屋の扉を開けた。
「おはようございます、先生。」
部屋の主はすでに目を覚ましており、ベットに腰掛けていた。
いつも通りの朝、男はいつものように諮問を行った。青年の体調は良好。
今はそっちか、男は小さく呟く。青年に気をとめる様子はなかった。
精密検査。こちらも特筆事項はなく、脳の状態もいつも通り。記憶を司る海馬の活動が常軌を逸するレベルであることもまた、いつも通り。
青年が抱えるこの病に関して、男にはなす術もなかった。ただただ経過観察、それだけだった。
–––––コンコンコン
男は部屋の扉を開けた。
「うん、顔色も悪くなさそうだし、ひとまず大丈夫そうだね」
男は部屋の主にそう声をかけ、ベットへ歩を進めた。
青年はベットから体を起こして、一冊のノートを読みふけっていたようだった。
今はこっちだな、男は何かを察したかのように、小さく呟いた。
男は青年に病名を伝えた。これが何度目のことか、男はもはや覚えていない。
話を終えた男は青年の顔色を伺った。現実を受け入れられていないような、ぼんやりとした表情。少し血の気の引いた唇。一見虚ろな瞳の奥にある、得体の知れない感情。
昨日見たはずのそれとまったく同じものを見せられ、男は薄気味悪さを覚えた。
部屋を後にした男はそっとため息をつく。
”二人”の相互依存はあまりにも大きい。かつてあのノートを読んだ男はその事実に気づいていた。そしてそれは日に日に増しているようにも感じていた。
青年が抱えるこの病を治す術が、男には分からなかった。そもそも”二人”にとってそれが必要なことなのか、それすら分からなくなっていた。
二重人格。
まったく、厄介な患者を抱えたものだ。